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2005年6月の20件の記事

2005.06.29

赤い疑惑 (2)

TBSテレビ放送50周年ドラマ特別企画
赤い疑惑」第二話&第三話(完結)

最後まで見て思ったこと。リメイクは、やはり難しい…(ものもある)。

いくらゆっくりしたテンポだとはいえ半年間も放送された1時間ドラマを、2時間枠の3回連続で描こうというところに、無理があるんだよなあ。1回目はそうでもなかったのだが、2話・3話と続くごとに、どんどんダイジェスト色が強くなってくるのだ。

そりゃ、オリジナル版を見ている者には、ダイジェストであっても或る種の感慨があるわけだが、このリメイク版だけしか知らないひとにとって、このドラマは、にわかには飲み込めないようなストーリー展開と不可解なキャラクター造形の、奇怪な作品に思えるかもしれない。

こういうドラマって、たとえ設定が馬鹿げていて、キャラクターが類型的であっても、その心理を回りくどいほどにじっくりと描くことで、まあ、それもアリかな、と思わせてしまう、そんなところに良さがあるわけで、こう駆け足だと、どの人物の気持ちも、あまり伝わってこないんだよなあ。

キャストについても(メインの2人については、あえて触れない)いろいろと言いたいこともあるが、ここでは1つだけ。陣内孝則の妹が高橋恵子っていうのは、やっぱりかなりの違和感がある。高橋恵子(それにしても、この名前、20年以上もたつのに今でも馴染めない。どうして関根恵子ではいけないのだろう)がいくら実年齢よりも少し若く見えるとはいえ、陣内氏も若く見えるひとなので、結局は、2人が並ぶとせいぜい姉と弟にしか思えない。欧米ならともかく、少なくとも日本では、文化的に言っても“兄と妹”は“姉と弟”と同等のものではないのだが…。

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2005.06.27

ザ・リング2

ザ・リング 2
“The Ring Two” by 中田秀夫
2005年*USA*ヴィスタ・サイズ

TOHOシネマズ府中 スクリーン3にて。

例によって、未見の前作をレンタルDVDで観てから出かける。

(本当は、ここに、この原作&映像化シリーズ全体に対する悪口雑言を書いたのですが、ブラウザの誤操作で消えてしまいました。本当の話(笑)。超・家族至上主義者、鈴木光司氏の呪いかもしれない)

前作は「レンタルで良いや」と思ったのに、なぜ今回は出かけるのか。もちろん、御近所の映画館で上映しているからというのもあるのだけど、何と言ってもシシー・スペイセク(Sissy Spacek)が出ているというのが大きいなあ。でも、重要な役かもしれないけど、1シーン(?)しか出てきませんので御注意を。

予告篇では映らなかった小さな役(でも、見せ場があります(笑))で、エリザベス・パーキンス(Elizabeth Perkins)が出ていて、ちょっとびっくり。やっぱり巧いけど、でも、こんな役…。彼女は『ドクター』(1991年)なんて素晴らしかったのだけど、どうも、そのあと大きな役をやってない(らしい)んだよなあ。

さて。

主役のナオミ・ワッツ(Naomi Watts)というひとの魅力が、まだよく分からないのだ。絶世の美女というわけでもなし、“魅力のある不細工”と呼ぶには、やっぱりそこそこキレイなんだよねえ。『マルホランド・ドライブ』では(映画そのものに)驚嘆したけれど、普通の(笑)映画のときって、どうなんでしょう。まだ『21グラム』を観ていないもんで。

前作に続いて登場する、息子エイダン役のデヴィッド・ドーフマン(David Dorfman)が、とにかく熱演。巧いのか、眼が大きいので表情が豊かに見えるのか。子供なのに顔だちが整っていて、まあ、はっきり言えば気持ちが悪い(“キモい”)ゾーンに属しているのだろうけど。

どうしてアメリカ版『リング』って、ナオミ・ワッツの相手役に、毎回、微妙な(スタアになるかどうか疑わしい)ハンサムくんを配するのだろう(笑)。前回のマーティン・ヘンダーソン(Martin Henderson)も悪くなかったけど、今回も、新聞社の同僚役として、サイモン・ベイカー(Simon Baker)という近所の兄ちゃんふうな男が出ているのだ。別に、良いんだけどさあ。

ええと、映画の内容について少し。

前作のリメイク版では、オリジナル版映画に無い、馬のイメージや梯子 <はしご> のイメージが鮮烈だったのだが、今回は、特にそういうものは無いんだよね。そもそも、話の途中から、もうヴィデオテープの存在がどうでも良くなっているのって、おかしくなくない?(爆)

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ダニー・ザ・ドッグ

ダニー・ザ・ドッグ
“Danny the Dog” (International English title)
“Unleashed” (USA title) by Louis Leterrier
2005年*フランス/USAなど合作*スコープ・サイズ

TOHOシネマズ府中 スクリーン4にて。

さて…。予告篇はシンプルで、本篇は、それよりは少しゴチャついているけれど、でもやっぱり簡単な話。

いろいろと衣をまとった、その衣(つまりドラマ部分)のほうに感動する向きもあるようだが〜別にそれは構わないけど〜、そういう装飾をはぎとれば、例によっていつものマーシャル・アーツ(この言葉の定義が分からずに使っております(笑)単に武術っていう意味?)大会。

もう、スーパーというより、スーパー・ナチュラル(超常)なくらいに強いんだからなあ(^^;)。

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2005.06.26

オーストラリアのCM

オーストラリア、心に響く光

「オーストラリアを歌う。」というオーストラリア政府観光局のCMが素晴らしい。映像はもちろん、歌も良いんだよなあ。いろいろとネット上で調べると、Delta Goodremというひとの“I Can Sing A Rainbow”という歌なんだそうだ。発売は(まだ(?))されていないのだとか。出してくれないかなあ。

ちなみに、こんなCMです。

一緒に歌いたい(^^)かたには、歌詞がここにありますんで。(CMで歌われているのは、Alternate Versionのほう)

この項目、おもにhさんというかたのブログを参考にしました。多謝。

i_can_sing_a_rainbow

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2005.06.25

いろいろ

ええと、ちょっとだけ忙しくしていまして、感想の中身を書いていない『最後の恋のはじめ方』について、やはりツッコミ所が満載の“クールビズ”再考などなど、書きたいこともいくつかありますが、今日はこれにて。

とかなんとか言ってるうちに、ヴァル・キルマーがポルノ・スタアのジョン・ホームズに扮する『ワンダーランド』を見落としちゃうしなあ。出来は、どうも疑わしいものらしいのだが、それにしても、そういう役だったら少しはベッドシーンもあるだろうし(^^)。キルマー♂のファンとしては、見たかったのだ。

キルマー主演の『バットマン・フォーエヴァー』(1995年)から、キルマーとクリス・オドネルのパートだけを取り出して(ニコール・キッドマンには御退場していただく)編集すると、とてつもなく猥褻な♂×♂映画になると思う、そんな感性だとまるでホモみたいですが、自省するまでもなく単にその通りなので、何だかよく分からない(爆)。

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2005.06.24

バットマン ビギンズ

バットマン ビギンズ
“Batman Begins” by Christopher Nolan
2005年*USA*スコープ・サイズ

TOHOシネマズ府中 スクリーン2にて。
THX劇場

前半3分の1くらい(?)の修行部分は、ちょっとうんざり。例によって、東洋=神秘精神主義のオンパレード→つまりはタワゴトの連発なわけである。しかし、舞台がゴッサム・シティになってからは、まあまあなのかなあ。最後まで観ると、いちおう前段階のウンザリにも落とし前(?)が付けられるので、1本の映画としては良く出来ているわけか。

そうそう、またも劇場前に『交渉人 真下正義』と同じく“関西での列車事故へのお見舞い”が出ていて、これが、うーむ、途中までは「ああ、これか。でも、そこまで配慮するほどでもないんじゃないかな…」と思っていたのだけど、最後に、思わず「うわっ」というシーンがあって(泣)。でも、良く考えたら、当たり前だが事故場面を実際の映像で見ていたわけではなく、各局の報道番組で、わざわざCGを駆使して説明していたあの画面を連想するわけなのだ。そういう報道って、どうよ?(うわ、違和感のある言葉を使ってしまった(爆))

さて。

どういうわけか、華のない地味な役者がキャスティングされることの多いバットマン役の中でも、これまた華のないハンサムくん=クリスチャン・ベイルは、これで世界的な大スタアになる…のだろうか(^^;)。ならないような気がするのだが。なる気もないだろうし。せっかくビルドアップした体を、ほとんど露骨には見せないけれど、ベッドでの寝起きのシーンに注目しましょう(笑)。すごい体ではある。容姿と合わないくらいに。

『メメント』で、ガイ・ピアースの肌を舐めるようにセクシーに撮っていたのは、あれはそうする(肌にメモ代わりのタトゥーを入れる)必要があったためで、今回は、裸体を見せる必要はなかった、ということなのか(泣)、クリストファー・ノーラン。別に、そこまで嘆くようなことでもないんだけど(^^;)。

キャストで驚くのは、最後まで誰なのかが分からなかった、ウェイン社の社長役。あれって、ルトガー・ハウアーなんだ! 微妙な肉の付きかただよなあ。昔に比べるとふっくらとはしているが(昔が痩せ過ぎだったのか?)、役者として非難(爆)されるほどの肥満体というわけでもないよね〜。

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ホステージ

ホステージ
“Hostage” by Florent Siri (Florent Emilio Siri)
2005年*USA*スコープ・サイズ

TOHOシネマズ府中 スクリーン5にて

とにかく、タイトルクレジットが素晴らしい。あれだけで500円くらいの価値があるかも(^^)。

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2005.06.23

さっき読んだ話題から

このニュース、ちょっとどうかと思うんですが。いわゆる“ねらってる”わけかな? ものすごい共通点がひとつあるだろー、この二人って(^^;)。

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2005.06.16

ラ・マンチャの男

ラ・マンチャの男*帝国劇場*2005-17

東宝ミュージカル特別公演
ラ・マンチャの男
“Man of La Mancha”

スタッフ
作曲 ミッチ・リー(Mitch Leigh)
作詞 ジョオ・ダリオン(Joe Darion)
脚本 デール・ワッサーマン(Dale Wasserman)
振付 森田守恒
装置 田中直樹
翻訳 森岩雄&高田蓉子
訳詞 福井峻
演出 松本幸四郎
製作 東宝
会場 帝国劇場(千代田区丸の内)

日本初演時の振付/演出 エディ・ロール
日本初演*1969年/帝国劇場/主演・市川染五郎(→現・松本幸四郎)

キャスト
松本幸四郎:セルバンテス&アロソン・キハーノ(ドン・キホーテ)
松たか子:アルドンサ
福井貴一:カラスコ博士
山崎直子:アントニア(キハーノの姪)
上条恒彦:牢名主
佐藤輝:サンチョ
荒井洸子:家政婦

20年ぶりくらいで、2度目の観劇になる。とにかく、松たか子の歌が、2階席の後ろでも分かるくらいに(^^)素晴らしい。これが一番の収穫だろうか。

いきなりの入獄シーンから牢内での即興劇へと、ちょっとノレないままの早いテンポで進んでいく。ところが、サンチョとキホーテとが、馬に見立てた者を引き連れて旅に出た瞬間、それまでの余韻を残さない展開が、きちんとした演出であったことに気付く。この場面と歌には、確かに感動する。

主役のひと(…)は、セルバンテスを演じているときはともかく、キホーテになると…、何なんだろう、あの芝居は。いや、非難(笑)しているわけではないが、不思議な、流れるような台詞回しなのだ。っていうか、このひとのセリフだけが、実際にスルスルと流れて行っちゃうんだよなあ。どういう演技プランなのだろう(ブロードウェイでも60回(!)同役を演じた天下の名優 と言われているらしい/この言葉って定義がはっきりしないのだが に対して、ちょっと言葉が過ぎました(._.))。

良いように考えるならば、役として「陶酔している」ような演技なのだろうが、意地悪く捉えれば、御当人もまた、自身に陶酔しているかのように思えてしまうのは、オレの底意地が悪いから、なのかな???

オリジナル版の、トニー賞受賞記録

1966年度
作品賞(ミュージカル) ※同年には〔メイム〕〔スイート・チャリティ〕〔晴れた日に永遠が見える〕も。とんでもない…
演出賞(ミュージカル) Albert Marre
主演男優賞(ミュージカル) Richard Kiley
作曲&作詞賞 Mitch Leigh / Joe Darion
装置賞 Howard Bay


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2005.06.15

赤い疑惑

TBSテレビ放送50周年ドラマ特別企画「赤い疑惑」第一話

意外にちゃんと作られていて、楽しめる。言いたいことはいっぱいあるのだが、まず最初に細かいことをひとつだけ。なぜ1977年という設定なのだろう。75年じゃいけないのかなあ。(オリジナル版の放送は1975年10月〜1976年4月)

ホテルといえば“ニューオータニ”、航空会社はJALという、赤いシリーズの基本線(?)は守ってほしい(笑)ものだが、フィルム素材で古い羽田空港ビル(狭くて不便なビルだったよなあ)の外観を見せたりして、なかなか良い感じ。

でも、ちょっとだけ出てきたホテルは、一瞬だけで確認できなかったのだが、あれは“リーガロイヤル”では? 77年には存在していない…と思うのだけど、もしかしたら今(早稲田にある)とは別の場所に、同名のホテルがあったのかなあ。いや、もちろん、劇中の世界をまったくリアルなものとして捉えているわけではないのは当然なのだけど、どうせなら、当時ちゃんと存在していたものだけで作中を統一すべきだ、とは思うわけなのだ。

主役の少女の本棚にあるのが単行本の「かもめのジョナサン(訳・五木寛之)」と「変奏曲(作・五木寛之)」であって、そういう趣味の少女ではあるわけだよなあ(^^;)。ちなみに、何度も細かいことを言うようだけど、「変奏曲」は73年の、「ジョナサン」は翌74年の刊行であって、やっぱり舞台は77年じゃないよなあ…。なぜ、そんなに細部にこだわるのか、氷室。

ところで、どうして主題歌を石原さとみが歌わない(→大竹佑季というひとが歌っている)のかと思ったら、劇中で石原自身が歌うのを聞いて、納得(^^;)。あれは…、演出でなんとか避けられる場面だったんじゃないかなあ。歌はカット!

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2005.06.13

最後の恋のはじめ方

最後の恋のはじめ方
“Hitch” by Andy Tennant
2005年*USA*スコープ・サイズ

TOHOシネマズ府中 スクリーン7にて

感想は、あとで…

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フォーガットン

フォーガットン
“The Forgotten” by Joseph Ruben
2004年*USA*ヴィスタ・サイズ

TOHOシネマズ府中 スクリーン3にて

日本でもそこそこヒットしている、話題の謎映画。予告篇を見る限り、どのようにも展開し得るので、期待はふくらむ。

オープニングで、ジョセフ・ルーベン監督作品と出て、へえ、と思う。このひとの隠れた佳作(らしい)「W/ダブル」を、まだ観ていないんだよなあ。僕が観てるのは「愛がこわれるとき」や「危険な遊び」なので、うーん、どうももう一つはっきりしない監督という感じなのだ。

ええと、役者は良いですよ。ジュリアン・ムーア(あの二の腕のソバカスは、メイクなのか?)、彼女と行動をともにするドミニク・ウェスト(♂)というひと、出番は少ないが刑事(♀)役のアルフレ・ウッダードなども悪くない。ムーアの夫役でアンソニー・エドワーズが出ているのだが、いま、ああいう風貌になっているんだなあ。若いとき(「シュア・シング」や「トップガン」など)より、むしろ今のほうが男っぷりが上がっている。(僕は、TVドラマ「ER/緊急救命室」を観たことがないもんで…)

話は、最後まで僕は飽きずに観たけど、途中からどんどん馬鹿馬鹿しさが増すと感じて、呆れるひとも居るかもしれない(笑)。話のつじつま合わせを、たったひとつの事柄で説明するのは、簡潔であるとも、あるいは無精であるとも言える。

シャマランだと、メインの謎/キャラクターの他に、それをサイドから補強する要素もあるので、だから、最後に全貌が見えたあとでも、ある種の感慨が残るんだけどなあ。いや、少なくとも僕にはそうなのだが(^^;)。彼の作品って、1作ごとに世評は良くなくなっているようだけど。

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美しい夜、残酷な朝

美しい夜、残酷な朝』 日本公開ヴァージョン
“Three... Extremes” by Fruit Chan, 三池崇史, Park Chan-wook
2004年*香港/日本/韓国*ヴィスタ・サイズ

TOHOシネマズ府中 プレミア・スクリーンにて(通常料金での上映)

『THREE 臨死』(まだ観ていない)に続く、アジア諸国の監督が撮るホラー・サスペンスのオムニバス第2弾…なんだそうです。オムニバスって、個々の中短篇としての出来は別として、本当はそれが複数で並んだときの効果までをも考えて作られるべきなんだろうけど、でも、なかなかそういうものはお目にかからないわけで。

これ、何も期待せずに観たのだが、とにかく1本目の香港篇「dumplings」(「ハリウッド★ホンコン」などを撮ったフルーツ・チャン監督作品)が面白くて、続く2本にはあまり乗れなかったなあ。2本目の「box」(三池崇史)も3本目の「cut」(「JSA」「オールド・ボーイ」のパク・チャヌク監督作品)も、あとになって考えてみると、そんなに悪くないものだったのかもしれない。ヴィデオででも、もう一度観てみたい。

1話目にレオン・カーフェイが出ていて、久々に観たけど、やっぱりいい男なのだ(^^)。でも、公表されている年齢(46歳)から考えて、あれってメイクで老けて見せてるんだろうなあ。まさかリアルな雰囲気ではないと信じたい(笑)。46歳は、今の感覚では初老(に見える)というにはちょっとだけ若いだろう。

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2005.06.12

電車男

電車男』 監督/村上正典
2005年*東宝*ヴィスタ・サイズ

TOHOシネマズ府中 スクリーン2(THX劇場)にて

作品の舞台が、時代はいつか・場所がどこか分からないような話ならば、このストーリーのみを素直に受け止めて、まあ、シンプルに感動しても良いような、そのくらいの出来ではある。でも、突っ込もうと思えば、そういう箇所が最初から最後まで山ほどある、そんな話でもあるのだ。

たとえば、最初にひとつだけ挙げると、お客ひとりひとりにからむようなあんな酔っぱらいって、リアルな存在として居るものかなあ。僕は、見たことないぞ〜。だいたい、中谷美紀の家のある、そんな沿線なわけだよね。路線の雰囲気を考えたって、あれってアリだろうか。まあ、確かに、堅い職業のリーマンさんのほうが、いざとなると壊れかたも激しいものだけど。その点は良いか。演出上の誇張ということで。

メインは、たまたま恋愛をする用意が出来ていなかった青年が、いろいろ周囲の助言を受けて一歩踏み出すという、ただそれだけの可愛らしい話。でも…。どうしてあの青年は、始終オドオドとしているんだろう。「自分に自信がない」から?

容姿に自信がない、というのは、コンタクトレンズ、ヘアカット、服、という馬鹿げた3点セットで、少なくとも表面上は解決してるわけだよね? (あんな、わずか数時間で容姿が一変するんだとしたら、今までそうしなかったのは、とんでもない大馬鹿だとしか思えないのだが)

自分の内面が彼女と不釣り合いだ、というほうが深刻なのか。でも、それだってアプローチというか、良い方向へ持って行く方法も、いろいろあるよなあ。

たとえば、「僕は、●●●に関しては大好きなので、いろいろ話したり、貴女にもし分からないことがあれば、一緒に考えたりお手伝いすることもできると思います。でも、それ以外では知らないこともたくさんあるので、まずは貴女の好きなものを教えてくれませんか」っていうベタなセリフでも、あんな純朴そうに見える青年が言うなら、相手もそれほど警戒しないんじゃないだろうか。

定番のセリフ 「君のことが、もっと知りたいな」 高知東生のようなひとがそう言ったのなら、それはかなり怪しいし(結婚詐欺か?)、北村一輝タイプがもし貴女にそう囁 <ささや> いたとしたら、貴女は数日後、どこかへ売り飛ばされる運命にあるのだ(爆)。

脱線しました(^^;)。ええと。

まあ、とにかく、例によって恋愛の話は、よく分からんなあ。感想のほうも、支離滅裂になっております。

モテそうに見えて実際にいろいろと誘い誘われ交際していてもそれでもそれが長続きしないそんなひとの、どこか・何かの欠落・欠損を描く、そういう作品のほうが個人的には興味があるんだけどな〜。

モテなさそうに見えるひとが、本当にモテない。モテそうに見えるひとが、普通にモテる。この2つって、どちらも詰まらなくて、劇的なことが生まれない設定だと思うのだ。あー、そうか、そういう意味では、この映画は「モテなさそうだったヤツが、ちょっとモテそうになってくる」っていう展開に、ドラマがあるわけなんだよなあ…。

じゃあ、やっぱりこの作品って、良い映画なのか?(笑) うーむ。

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2005.06.08

ミリオンダラー・ベイビー

ミリオンダラー・ベイビー
“Million Dollar Baby” by Clint Eastwood
2004年*USA*スコープ・サイズ

TOHOシネマズ府中 スクリーン8にて

大勢のひと(ファン以外)から評価の高いイーストウッド作品って、ファンからは意外とそれほどには支持されるわけでもない、というのが、僕の周囲(サンプル数は多くない(笑))での定説になっているけれど、今回も、ちょっとそんな気配がするのだ。

いや、そりゃあ、ものすごく水準の高い出来なのである。メインの話だけを観ていれば、感動の渦(?)に呑まれるのかもしれない。しかし…。

いわゆる“感動作”には似つかわしくない、最後まで説明されない小さな謎がいくつかあって、しかし、それを、気付かないひとにはそのままに、あれは何だったんだろうと思う者には不思議な余韻を残すようにするって、これも計算なのかなあ。それがイーストウッド風、なのか。

もちろん、観たほうが良いですよ。でも、個人的にはもうちょっとシンプルな話、たとえば、世界中にもう“お互いしか居ない”ほど孤独だったトレーナーとボクサーとが出会い、共にタイトルマッチを目指してトレーニングするだけの映画のほうが、もっと良かったんじゃないかと思うのだ。それだけで、十分に成立する話なんだし。

でも、前作『ミスティック・リバー』もそうだったのだが、イーストウッドは、もうそんなシンプルなストーリーの小品では描けないようなものを、たぶん撮ろうとしているんだろうけど。

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2005.06.04

炎のメモリアル

炎のメモリアル
“Ladder 49” by Jay Russell
2004年*USA*ヴィスタ・サイズ

TOHOシネマズ府中 スクリーン8にて

『ジェイコブス・ラダー』に続く、ラダー映画の第2弾(うそ)。

ええと(^^;)、思わず茶化したくなるくらいの、シンプルで、力強い作品。予告篇は、この作品の良さを全然伝えてないじゃん。

ヒロイズムも、前面に押し出されると、概して良い感じはしないものだが(その点で、あの予告篇は良くない)、こう巧妙に来られると、思わず乗ってしまう。消防という、およそ一般市民に害を成さない、そういう意味では珍しい官憲(爆)が題材だったのも、成功の一因。これが、警察や軍隊だと、たとえ一部(?)に善行があったとしても、必ず別の面では“市民”を抑圧する力を行使/所持しているわけだし。いくら何でも、(火事の原因である)放火や失火も市民の持つ権利だ、っていう考えかたは、ちょっと無いだろうしなあ(^^;)。

さて。

ここには、たとえば連続放火犯は出てこない(『バックドラフト』(1991年)って何だったんだろう。冒頭に「世界中の(?)消防士に捧ぐ」とクレジットされる『タワーリング・インフェルノ』(1974年)だって、あれほど消防士の活動を描いているのに、救出されるスタアたちのドラマのほうが当然ながら主で、消防士は従だったわけだし)。この消防隊のメンバーには、異常性格者が紛れ込んでいたりしないし、汚職(消防の世界にどんな汚職があり得るだろうか?(笑))にまみれているような者もいない。火事が起こると、現場へ駆けつけ、火を消し、逃げ遅れたひとを助ける。この作品は、単にその繰り返しを描くだけなのだ。

いい歳をした男たちの集団なのに、なぜ、消火現場以外だと子供のように悪ふざけに興じるのか。なぜ、それぞれの家族を含めて、全員でひとつの大家族のようにつながっているのか。ひとが普通は逃げ出す火事の現場へ、なぜ乗り込んで行くことができるのか。なぜ、消防士の帰宅を、家族はじっと家で待っていられるのか。

この映画は、その答をほとんど説明しない(トラヴォルタが台詞でちょっと言うくらい)。むしろ淡々とした日常生活(もちろん火事のシーンなど特に音はかなりの迫力なのだが、それもが日常であるわけだし)の描写を繰り返す中から、その答が、観客にも自然と伝わってくる。そこから、感動が生まれる。

特に目新しい内容も、思いもつかない驚異の映像も、職人技でうならされる華麗な演出も、ここには無い。しかし、作品全体として、このくらいの水準で仕上がっているのは素晴らしい。なかなかこういう、普通の(良い)映画って、無いんだよなあ。「普通の映画」がお好きならば、観に行ってほしいですね。

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ザ・インタープリター

ザ・インタープリター
“The Interpreter” by Sydney Pollack
2005年*UK/USA etc.*スコープ・サイズ

TOHOシネマズ府中 スクリーン5にて

正直言って、ポラックって僕には過去の人というか、既に映画史上の名前(ちょっと良く言い過ぎ)だったので、いまさら新作と言われても…と思ってもいたのだが、これ、意外に良い出来なんじゃないでしょうか。

ポラックの映画では、大ざっぱに言って“政治的/社会派的”な事象と、当事者間の交情/ロマンス(書いていて気恥ずかしくなる言葉だよなあ、なんだロマンスって)とが融合する場合が多い。それが成功すると『ひとりぼっちの青春』や『追憶』になるのだが、社会派とロマンスとの無理な合体で、たとえば『スクープ/悪意の不在』のような悲しい(泣)結果になることもある。

そういう点では、この作品は何とか成功している。主人公二人が、どういう状況にあって、なぜ惹かれ合うのかが、いちおう説得力のある設定と演出で、受け容れることもできる。添い寝くらいで、セックスしちゃわないのも、かえって良いよね。実際にコトを行なうのは、いつだって出来るわけなんだし(^^;)。

予告篇から想像し得るクライマックスの他に、中盤に、意外な場所での緊迫したシーンがあり、そして、さらに二転三転もある。単にどんでん返しなどというよりも、あり得るいくつかの可能性のうち最後に選択されたストーリーから、それで彼はどうするのか、彼女はどうするのか、そこまでをサスペンスとして見せる。巧いなあ。

ショーン・ペンは、ずーっとオデコにシワを寄せていて、あのシワは、ちょっともう要らないんじゃないかと思ったのだけど。癖(?)になってるのかなあ。とんでもなく深刻ではないシーンでも、デコシワいっぱいって、変だし。

ニコール・キッドマンは、年齢を重ねたことで、かえって美しさが増した。童顔で小作りという、まるで人形のようだった頃に比べて、目元の若干のシワが、いちおう人間らしく(笑)見えるようになっている。それでも、特に前半など、キレイ過ぎて妙なところもあるぐらいなのが、やっぱり凄いし、ちょっとヘン。劇中で、顔に傷跡がつくシーンがあるのだが、それで、かえって美貌が引き立つのが、強烈な印象を残す。いわゆる“クール・ビューティ”的な女優には、どうも、何かが足りないのだが。

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2005.06.03

クールビズ

えーと、いや、ちょっと酒を飲みながら書き込んでいます。

偶然に、TVのニュースを見ていたら、国会の様子が映っていたのだけど、なんと“クールビズ”って国会の会議中にも適用(?)されるんだ? ビジネスマンが、街角や電車の中で涼しげなのは悪くないけど、別に、国会の本会議場でもスーツ姿でいられない、ってことは無いんじゃないかと思うんだけど。
だいたい、カジュアルなら別に気にならないけど、単に上着を脱いで半袖シャツ…というのは、どうもなあ。

梅雨〜9月のあいだは、まるでリゾートルック(^^;)で行動している、そんな半端者の感想ですが。

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2005.06.02

ナイン THE MUSICAL

ナイン THE MUSICAL*アートスフィア*2005-16

ナイン THE MUSICAL
“Nine The Musical”

スタッフ
作詞/作曲 モーリー・イェストン(Maury Yeston)
脚本 アーサー・コピット(Arthur Kopit)
翻案 マリオ・フラッティ(Mario Fratti)
振付 ジョナサン・バトレル/グスタヴォ・ザジャック
美術 スコット・パスク
衣装 ヴィッキー・モーティマー
照明 沢田祐二
演出 デヴィッド・ルヴォー(David Leveaux)
翻訳/訳詞 青井陽治
主催 tpt(theatre project tokyo)/アートスフィア/テレビ朝日
会場 アートスフィア(品川区天王洲アイル)

キャスト
別所哲也:映画監督グイド
大浦みずき:ラ・フルール(プロデューサー)
純名りさ:クラウディア(女優)
高橋桂:ルイザ(妻)
池田有希子:カルラ(愛人)
花山佳子:グイドの母
剱持たまき:スパのマドンナ
その他、10人の女優(田中利花さんや井料瑠美も)と子役(ダブルキャスト)

絶賛された去年の舞台(「tptのミュージカル? ふーん?」と思っているうちにチケットを買いそびれた)が日本初演だったというのは、本当なのだろうか。作品そのものは、ブロードウェイでの初演が1982年なんだけど。まあ、渋い作品だし、日本で上演されていない海外の名作なんて、山のようにあるからなあ。特にミュージカルは。

【追記】

扇田昭彦さんの批評を見ると、1983年に東宝で初演されていますね(^^;)。こういう情報が、ネットですぐに出てきたら良いんだけど。舞台の上演史って、まだまだきちんとネット上ではまとめられていないからなあ。っていうか、書籍でも、きちんとしたものは無いのかな? 自分で地道に調べるしか無いんだよね。

ええと、美術や振付・衣装などは良いよねえ。「実力主義のキャスティング」(言いたいことは分かるけど、少なくとも最近は、たとえば東宝制作のミュージカルだって、それほどスタア主義ではなくなってきていると思うんですが。っていうか、四季や宝塚の出身ではないが実力のある独自のスタアも、ようやく何人かは出てきているし)の面々も、さすがに歌は素晴らしい(中には、ちょっとアヤシイひとも居たような)。

話は、フェリーニの『8 1/2』をモチーフに、ミュージカル化したものです。うーむ。『カビリアの夜』がミュージカル『スイート・チャリティ』になるのは、わりと分かりやすいんだけど、こっちのほうは、内容がちょっと難しい。(『サテリコン』や『甘い生活』を、映画のままにミュージカル化したら、いったいどうなるだろう(爆))

しかし、個人的な感想としては、どうも楽曲に親しめなかった。ミュージカルで、その楽曲にノレないと、もう駄目じゃん(^^;)。でも、ブロードウェイ版(初演キャストでもルヴォー版でも)のCDを、ちょっと聴いてみたいとは思うので、当たり前ですが、駄目なスコア、というわけではないのだけど。

オリジナル版の、トニー賞受賞記録

1982年度
作品賞(ミュージカル)
演出賞(ミュージカル) Tommy Tune
助演女優賞(ミュージカル) Liliane Montevecchi
スコア賞 Maury Yeston
衣装デザイン賞
(主演男優はラウル・ジュリア)

2003年度
リヴァイヴァル作品賞(ミュージカル)
助演女優賞(ミュージカル) Jane Krakowski
(演出はルヴォー、主演男優はアントニオ・バンデラス)

ラウル・ジュリアやアントニオ・バンデラスって、別所哲也とはずいぶんイメージが違うよなあ。あ、別所さん、意外に(僕のイメージしていたよりも)かっこよかったですよ。昨年の〔ミス・サイゴン〕エンジニア役では、うーん、あれは役にあまり合っていなかったと思うので、今回は、まあ、少なくともルックスにおいては◎だったんじゃないかな。

女優は、ソロの曲があるひとは、みな良かったですね。1人だけ挙げるとすれば、大浦みずきさん。キャバレー・ショウの場面が圧巻。ステージをキャバレーのフロアに、観客席をキャバレーの客席に見立てたその客のあしらいかたが、嫌らしいくらいに巧いのだ。まあ、クサみのある達者さ、というほうが適切かもしれないけど。キャリアのあるひとは、やっぱり凄いもんだなあ。

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2005.06.01

キングダム・オブ・ヘブン

キングダム・オブ・ヘブン
“Kingdom of Heaven” by Ridley Scott
2005年*USA etc.*スコープ・サイズ

TOHOシネマズ府中 スクリーン7にて

思っていたよりも悪くなかったというか、そもそも、リドリー・スコットの映画で、登場人物の複雑な心理描写なんて、期待するほうが無駄なわけだし。いや、『デュエリスト/決闘者』や『白い嵐』など、スコット作品でも数本は未見のものがあるので、もしかしたらそれが素晴らしい作品であるという可能性もあるわけですが(^^)。

何かの予告篇で、リドリー・スコットを“巨匠”と謳っているものがあって、そういう存在なのかと驚かされる。せいぜい僕のトボしい映画経験と知識からは、映像派の奇才というくらいにしか受け止められないのだが、いやあ、まだまだ学ばねばならないことは多いわけだ。大いに反省(うそ)。

スコットの映画では、僕は『誰かに見られてる』が好きですねー。スタイリッシュなひとは、ああいう、破綻しようのない小さな話を撮っているぶんには良いんだけど。

時代物としては、前回の『グラディエーター』が、どうにも志の低い作品で(主人公は最初から最後まで私怨で行動するのみ)うんざりさせられたので、今回はまったく期待していなかったわけです。『ベン・ハー』『スパルタカス』とは、とても同列には並べられない映画だったなあ、あれは。

今回も、前半は、フォーカスがあいまいで、父と子との出会いと別れを描きつくすわけでもなし、フランスからエルサレムへの道中(よく考えてみたら、たとえ途中で船旅をはさむとしても、あとは馬か徒歩でこの距離を移動するわけで)の距離感時間的経過も、特には伝わってこない。いくらなんでも、それが“描けない”わけではなく、そういうことに興味がないんだろうなあ。

しかし、その経過をある程度は描かないと、一介の鍛冶屋の青年が、最後にはたくさんの民の運命を左右できるような、そんな能力と魅力とを、どこでどうやって身につけたのかが、理解できないのだ。作品だけから判断すると(こちらが作中の時間経過を考慮してやらないと)、まるで、単に“有能な父の息子”だから彼もまた有能だ、という、まったく血統至上主義のようにも思えてしまう。それだと、作品の展開から考えて、ちょっと矛盾するのではないだろうか。

しかし、後半は、さすがに盛り上げる。(宗教を背景にした)戦いの意味とは、集団を率いる者の責任や資質とは、などなど、ここからいろいろと読み取る(読み取りたい)ひともいるだろう。エルサレム防御の部分だけならば、僕も、けっこう感動した。そこに行くまでが、ちょっと長いんだよなあ(笑)。

そのままの勢いでラストまで行くので、観ているうちはそれほど疑問にも思わなかったけれど、ラストの場面は、よく考えると変かもしれない。あの場所で、彼は周囲の者たちから平然と受け容れられるだろうか???

キャストは、うーん、オーランド・ブルームって、顔がきれい過ぎて(こういうひとにヒゲは似合わない)、線も細いし、この役には合っているようなちょっと違うような。でも、たとえばヒュー・ジャックマンなんかが演じたら、もう、エルサレムに着く以前に、沿道のどこか小国の王くらいには簡単になっちゃいそうだし(^^)。だから、やっぱりブルームで良かったのかもしれない。

エヴァ・グリーン(Eva Green / Evergreen のシャレ(笑)か?)というひとを初めて観たのだが、メイクと衣装とでほとんど素顔は分からないけど、すっきりしたソフィー・マルソー(ただしデビュー当時)みたいな顔かな。ベルトルッチの『ドリーマーズ』って、どうだったんでしょう。とにかく、この役には合っている。

他は、ジェレミー・アイアンズもデヴィッド・シューリスも、さすがに好演。特にシューリスは、どんな状況下でもそれを客観視して行動する、ちょっと皮肉で陽気な(冷笑ではない)男のキャラクターを作り出していて、場面は少ないが印象的。ずっと仮面をつけたままのエルサレム王を演じているのは、なんとエドワード・ノートン。僕のリスニング力では、とても彼の声を聞き分けることは出来ないけれど、英語が分かれば、彼だと分かるものなのかなあ。メイクをしているので、画面からは、まず彼だとは分からないと思うのだが。

(珍しく)結論。
『グラディエーター』を100とすると、この映画は5000くらい。だからと言って、別に、映画史に残るような素晴らしい映画、というわけではない。しかし、メインの戦闘シーンなどでは、かなりの大作映画ふうな作りかたを堪能できる。デヴィッド・リーンやウィリアム・ワイラーがこのストーリーを撮ったとすれば、とさえ考えなければ、ひとによっては幸福な時間を過ごせるかもしれない。お疲れ。

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