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2005.06.04

炎のメモリアル

炎のメモリアル
“Ladder 49” by Jay Russell
2004年*USA*ヴィスタ・サイズ

TOHOシネマズ府中 スクリーン8にて

『ジェイコブス・ラダー』に続く、ラダー映画の第2弾(うそ)。

ええと(^^;)、思わず茶化したくなるくらいの、シンプルで、力強い作品。予告篇は、この作品の良さを全然伝えてないじゃん。

ヒロイズムも、前面に押し出されると、概して良い感じはしないものだが(その点で、あの予告篇は良くない)、こう巧妙に来られると、思わず乗ってしまう。消防という、およそ一般市民に害を成さない、そういう意味では珍しい官憲(爆)が題材だったのも、成功の一因。これが、警察や軍隊だと、たとえ一部(?)に善行があったとしても、必ず別の面では“市民”を抑圧する力を行使/所持しているわけだし。いくら何でも、(火事の原因である)放火や失火も市民の持つ権利だ、っていう考えかたは、ちょっと無いだろうしなあ(^^;)。

さて。

ここには、たとえば連続放火犯は出てこない(『バックドラフト』(1991年)って何だったんだろう。冒頭に「世界中の(?)消防士に捧ぐ」とクレジットされる『タワーリング・インフェルノ』(1974年)だって、あれほど消防士の活動を描いているのに、救出されるスタアたちのドラマのほうが当然ながら主で、消防士は従だったわけだし)。この消防隊のメンバーには、異常性格者が紛れ込んでいたりしないし、汚職(消防の世界にどんな汚職があり得るだろうか?(笑))にまみれているような者もいない。火事が起こると、現場へ駆けつけ、火を消し、逃げ遅れたひとを助ける。この作品は、単にその繰り返しを描くだけなのだ。

いい歳をした男たちの集団なのに、なぜ、消火現場以外だと子供のように悪ふざけに興じるのか。なぜ、それぞれの家族を含めて、全員でひとつの大家族のようにつながっているのか。ひとが普通は逃げ出す火事の現場へ、なぜ乗り込んで行くことができるのか。なぜ、消防士の帰宅を、家族はじっと家で待っていられるのか。

この映画は、その答をほとんど説明しない(トラヴォルタが台詞でちょっと言うくらい)。むしろ淡々とした日常生活(もちろん火事のシーンなど特に音はかなりの迫力なのだが、それもが日常であるわけだし)の描写を繰り返す中から、その答が、観客にも自然と伝わってくる。そこから、感動が生まれる。

特に目新しい内容も、思いもつかない驚異の映像も、職人技でうならされる華麗な演出も、ここには無い。しかし、作品全体として、このくらいの水準で仕上がっているのは素晴らしい。なかなかこういう、普通の(良い)映画って、無いんだよなあ。「普通の映画」がお好きならば、観に行ってほしいですね。

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「●映画感想」カテゴリの記事

コメント

氷室様、おこんばんは。

この映画をココまで素直に書いているって事に、
わたしはこの映画の結末以上に驚いてしまいました(^^;
あの予告編で「この手で来たなぁ……」と思っていたら
見事に外されてビックリ仰天で御座いました。

でも、捨てがたい味のある佳作ですよね(^^)

投稿: 大倉 里司 | 2005.06.05 20:53

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